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あの愚かさは私の愚かさ。 あの尊さは私の尊さ。
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デンマークではリラックスして過ごせたのだけど、なんでか思い当たった。

それは出会う人たちに、人としての"欠け"が無く、全体性があったこと。

欠けがないというのは、飢えや欲がないということに繋がる。

楽しもうとか、あれやってみよう、これやってみようというような、自然な発露としての欲はあるのよ。

日本ではなかなかそんな人には出会えない。

無表情、仏頂面、泣き顔、寂しそうな顔、だけじゃなく、明るい顔、元気な顔、幸せだと宣言する人の顔の人にですら、何かぽっかりと欠けている部分がある。

然るべき時に、貰えなかったもの、満たされなかったもの、それを、大人だから、なんとか自分で解決しよう、みんなも同じだから自分の内に収めよう、そうして毎日を頑張って頑張って生きている。

日本で暮らしてると、毎日胸が苦しくなる。哀しくなる。

けど、分かるのは、不幸なのは自己責任じゃないってこと。愚かに見える行動を取るのも。

怨んでいい。
妬んでいい。
怒りに身を焦がしてもいいし、
悲しみに溺れてもいい。


試しにそこから、一人で立ち直ってごらん?
心の奥深くに、絶対的な孤独感が残る。
人の輪の中にいて、そこに居ないような、ぽっかりとした孤独感。


一人で立ち直らなくていいよ。
沢山、誰かに縋って、みっともないくらい、助けを求めて、頼って、少しずつ、少しずつ、治癒と解放をしていけばいい。と思う。

そのために、友だちがいる。
幸せや喜びを分かち合うためだけじゃない。
闇に引きずり込まれるような悲しみに、全ての生命を奪いたくなるような怒りに、一緒に身を震わせながら、肩を抱き寄せあって、ただ夜明けを待つ日があったっていいんだよ。

迷惑じゃないよ。

迷惑じゃなかった。
私に知恵が足りなかっただけ。


最近分かったのは、その為の専門家もいるんだよね、、、。なんとなく、処方するわけじゃなく。

自力では飲み込まれてしまう感情を慈しみ、慰め、経過させる手助けをしてくれる専門家。

私も彼らに救われた。

私たちは、まだまだ傷だらけ。
その傷が癒えたら、目標は"幸せになること"から"よりよくあること"に移り変わる。

まだまだ幸せは体感するより、求めてる段階。

焦るまいよ日本。
この国は、少なくとも戊辰戦争以降から迷走し続けたまま、立ち止まってすらいないから、、、。

まだまだ、、、。

ステレオタイプな例えで申し訳ないけど、日本の精神の貧困レベルは、飢餓で生命を落とすに等しいレベルだと思う。

骨と皮だけになってしまった子どもたちは、助けを求める声すら上げられない。
普通に暮らしてる人もそんな風に見えるんだ。

自分に愛を、人に愛を、生命に愛を、地球に宇宙に愛を、、、

出来たらやってるよ、やりたくなっちゃうよ。

無慈悲に見える政治家も、守銭奴に見える企業家も、横暴な老人も、ワガママな若者も、意気地のない家庭人も、消極的な社会人も、、、。

「なんでそうなの?バカなの?」

自己責任論。

本当はただ、スタートが違うだけ。与えられた身体、身体からくる感じ方、精神、状況、環境、周りにいた人たち、複雑で解き明かせない積み重ねがそうなだけで、もしかしたら私もそうだったかもしれない、今も実はそうなのかもしれない。

あの愚かさは私の愚かさ。
あの尊さは私の尊さ。


それが、宇宙。と感じる。
全てを包み込む。ただ在る。


人としては、せめて、よりよく、と願うけれど。

私には何が出来るかな。
何か出来るかな。


注げるだけの愛を、希望を、力を、注ぎたい。
私が注げるだけなんて、わはは、大河の一滴にもなりやしないがね!わはは。
いいんだ、自信を持ってやるんだ。

じわじわとインクルーシブしよう。
そろりそろりと治癒と解放だ。