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ただいま

 

あかんぼが産まれてから・・・。

 

2016年1月、降ってわいたような展開で、

あかんぼを抱えながらの新しい仕事の準備が始まりました。

5月のスタートを目前に震度7を2回体験し、

一月のブランクを経て6月新しい仕事が始まります。

暮らしを建て直しながら、

仕事を質を追求し続けて、あっという間に半年が経ちました。

 

なんだか、生命を削りながら走り抜けた、一年でした。

 

 

振り返れば私の旅は、 2011年の3月に始まっていたのだろうと思います。

 

生と死を思い、善と悪の姿を見つめ、

最終的にはこの世界の有り様と同じく全きものなんだと、

そう腑に落ちるまでに、

暮らしも私の内面と共に変容し、

世界は様々な姿で、沢山の示唆を与えてくれました。

 

 

私の旅は、2011年の3月に始まりました。

 

だけど実は、それよりずっと前、

2003年の3月でもなく、

2002年の4月でもなく、

1983年の9月に始まっていたのです。

 

誰から教えられる訳でなく、

そうしなさいと言われる訳でなく、

自然の摂理と同じくして、私の旅は始まっていたのです。

 

その旅の間中、私は私を労ることは無かったように思います。

私は宿命的に見えて独善的に、

私以外の大切なものの為に生き続けて来ました。

 

それが、人の持つ独善に対する、私の人生を賭した戦いで、

殉死するまでが筋書きには書かれていました。

 

その筋書きの改稿を求められたのが、2003年の3月でした。

私の脚本にあった筋は全て覆され、

結末まで考えなおさねばならなくなりました。

 

そして2015年の7月、 改稿した原稿の曖昧だった部分が更に具体化し、

脚本の大筋は出来上がりました。

 

しかしここに来て、その脚本を演じきるためには、

私自身の内面を省みる必要性が出てきました。

 

筋書きは変わっているにも関わらず、

演者の演じ方は初稿の時のままだったのです。

 

演じ方を変えるには、 蓋をして久しく、

蓋だということすら分からなくなっていたものを開き、

その隠されたものを掬い出し、声を掛けてやる必要がありました。

 

 

さてつまり、これから先は、 何かのアンチテーゼのために戦うことをやめるということ。

またそれに伴い、 勝手に背負っていた肩の荷を下ろすということでもあり、

私は私自身の声にも他の人たちと等しく、 丁寧に耳を傾けるということでもあります。

 

幼い頃から抱えてきた哀しみや憤りは、

この世界を深く知ることとともに溶けて無くなり、

生命を育む源として湧き井出てきました。

 

私の内から湧くものは、世界中の哀しみを前にして、

ほんの一滴にすらならないでしょう。

 

けれども、喜びを分かち合いながら、

生命を慈しむこと日々の中で、その一滴は大河の一滴となり、

いつかこの世界を包み込むでしょう。

 

 

暮らしの中身は、相変わらず。

心動くことを、笑いと共に行っていくだけです。

そしてそれは平面の世界に彩り豊かな生命を与えてくれることと思います。

 

 

 

 

 

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