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異物としての私
つい最近、腑に落ちたことがあります。

それは、私自身の存在は、"この社会において異物である"ということ。"この社会"というのも、すごく曖昧で大雑把な言い方だとは思うのですが、、、。

私のこれまでの人生を二分すると、15年ずつ、前半後半に分けれると思ったのですが、前半での、わけもわからず異物であった経験、後半での、努力によって異物とは認識されなくなった経験、それぞれの経験を通じて達した結論が、結局のところ私は異物なんだということでした。

恐らく、自分のことをそう感じる人はいると思います。
"なんとなく居場所がない"
"素でいると引かれる浮く"
"逆に一人だけ引いてる、冷めてる"
"周りとの喜び、悲しみ、感情が動くポイントが違う"
多かれ少なかれ、人はそういうことを感じることがあると思います。

けれど、異物の人たちは、異物であるまいと、受け入れよう、受け入れられよう、理解しよう、理解されよう、許そう、許されよう、頼ろう、頼られよう、心を開こう、馴染もう、話そう、聞こう、寄り添おう、、、時には自分を変化させ、時にはありのままを表現しながら、努力し続けた果てに、どうしようもなく自分は異物なのだと知るのだろうと思います。

そしてそれで、いいのです。